ネルソン・マンデラの陰に隠れた男、デクラーク Web版アルジャジーラ11/14より
短い英文をじっくり精査して理解を深める「深掘り!」シリーズ。今回は中東のテレビ局
アルジャジーラのWeb版の社説記事からピックアップします。
記事を作成したのは南アフリカのライターでコメンテーターの
Sisonke Msimangさん(
@Sisonkemsimang)。ザンビアに生まれ、家族とともにケニア、カナダと移住をしたMsimangさんはさまざまな人種差別を経験します。理想の社会を求めてアパルトヘイトの撤廃された南アフリカに移り住むも、新規勢力の政治に希望を打ち砕かれます。そんな半生を自ら綴った"
Always Another Country"(2018)はニューヨークタイムズ誌のStaff Favorite of 2018を始めとしてさまざまな賞を受賞しています。
TEDにも登壇しているので、こちらもどうぞ!
お待たせしました!今回の文章はアパルトヘイト時代最後の白人大統領フレデリック・ウィレム・デクラーク氏について書いたものです。ネルソン・マンデラ氏を釈放し、人種隔離政策を実質的に終わらせたデクラーク氏は1993年にノーベル平和賞を受賞しています。
しかし、国際的な評価とは対照的に、南アフリカ国内ではマンデラ氏のような英雄視はされていないようです。Msimangさんはデクラークという人物の実像に光を当て、その理由を明らかにしていきます。それでは記事を見ていきましょう!
On Thursday₁, apartheid’s last leader, Frederik Willem de Klerk, died₂, sparking a national conversation₃ among South Africans about his life and legacy₄.
「木曜日、アパルトヘイト時代最後の指導者、フレデリック・ウィレム・デクラーク氏が死去した。デクラーク氏の生涯と彼が遺したものとは。南アフリカ国中の人々の間でその話題が持ちきりとなった。」
1.英語では日時に関する言葉は通常、文末に置かれることが多いですが、ここでは文頭に出てきています。つい最近起きた印象的な出来事であることを伝えています。
2.「木曜に、アパルトヘイト最後の指導者、フレデリック・ウィレム・デクラーク氏が、死去した」とカンマで区切られています。彼の死が大きな衝撃を与えるニュースであるという事実を表現しています。
3.sparkは火花が散るという意味。突如として脚光を浴びるようになった状態を表現しています。しかも、nationalなので南アフリカ全国で急に話題になった様子がわかります。また、a national conversationと不定詞のaがついているので、何か具体的な内容が特に話の中心になっているようです。
4.その内容とは、どうやらデクラーク氏の人生と、政治家として国に残したものに関するもの。legacyは「遺産」という訳がもっともよく当てられますが、日本語と同じく法的な財産などの形あるものだけではなく、制度や教え、文化など無形のものにも使われます。
Praise and support for De Klerk – who was South Africa’s president during its transition from white minority rule to democracy₁ – has been muted in the country₂, not simply because of his association with apartheid, but because of his many shortcomings as a statesman₃.
「少数派である白人による統治から民主主義への移行期に南アフリカ大統領を務めたデクラーク氏だったが、表立って称賛と支持が送られることはなかった。その原因はただアパルトヘイトを推進していた党に属していたというだけではない。デクラーク氏は指導者として持つべき資質がいくつも欠けていたのだ。」
1.democracyという語に対してminority ruleという語を並べ、白人による支配的政治が行われていた事実を強調しています。
2.カタカナ語で「ミュート」という日本語になっているmuted。デクラーク氏の業績は認めているはずなのに、国内のどこに行っても彼を称える声が聞かれず、国民は沈黙していたことがわかります。それが彼の死を機に堰を切ったように人々の間で語られるようになったのです。
3.おなじみのnot only...but also...の構文の仲間です。because ofが対になっているのでさらに明確に対比されています。shortcomingは一般的なlackよりも、特に能力や状態、思想において問題があったり欠陥があるときに使われます。前にある形容詞がmanyでshortcomingも複数形になっています。つまり漠然とした欠点ではなく、欠けているポイントを具体的に一つひとつ列挙するイメージです。statesmanは単なる政治家ではなく、閣僚や指導者など、行政機関の一員として実質的に関わる人です。この後の文章に出てきますが、大統領時代だけでなく、マンデラ政権時代も含めて言及しているのでstatesmanという語を使っているのでしょう。
In the words of Archbishop Desmond Tutu₁, “Mr. De Klerk could have gone down in history₂ as a truly great South African statesman, but he eroded his stature and became a small man3, lacking magnanimity and generosity₄ of spirit.”
「デズモンド・ムピロ・ツツ氏は次のような言葉を残している。『デクラークさんは南アフリカの歴史において偉大なる指導者として名を刻んでもおかしくないはずだった。それが自らの声望を少しずつ損ない続け、寛大と寛容の心に欠いた小人になり下がっていったのだ。」
1.デズモンド・ムピロ・ツツ氏は反アパルトヘイトの社会活動にも参加した南アフリカの聖公会牧師です。1984年にノーベル平和賞を受賞し、現在90歳(2021年11月現在)。
2.基本的な英語を使用した句動詞はそれぞれがカバーする意味が広く、便利に使うことができますが、リスニングやリーディングではその守備範囲の広さゆえに、意味を絞る作業が必要です。goとdownの組み合わせなので、辞書では「下りる(下がる)」「降りる」「沈む」などの意味が上位に並びますが、この文脈に当てはめるには不正確です。この文では「記憶に残る」という意味がぴったりでしょう。日本語だけだとgo downのイメージとずれているように感じられますが、年表の中で時代が進んで下の方に向かっても、忘れ去られずに残る様子を想像すると、イメージと一致するのではないでしょうか。
3.実際に背が縮んだのではなく(年齢によって身長が低くなっていたかもしれませんが)、心が狭量になっていった様子を示しています。上述したlegacyと同じです。
4.このように類語の形容詞をandで並列する形はよく見られます。Oxford Learner's Dictionaryによると、magnanimityは「behaviour that is kind, generous and forgiving, especially towards an enemy or competitor」とあります。敵対する人物に対して度量の広い様を表しています。一方、generosityは「the fact of being generous (= willing to do kind things or give somebody money, gifts or time freely)」とあり、積極的に善意を行う様子のようです。英和辞書もそうですが、英語のイメージをより具体的に理解するのに、実はカッコの中の文章が大切です。the fact of being generousだけではほとんどgenerosityの言い換えですが、willing to do kind things...によって使われる場面がはっきりします。
During his presidency (1989-1994) and his time as deputy₁-president to Nelson Mandela (1994-1996), De Klerk had an opportunity to shape the views of his white compatriots₂, elevate the voices of Black South Africans₃, and play a leading role in building a democratic South Africa. Instead, he repeatedly chose to equivocate and lie₄ during his time in political power. Instead of reckoning with the past₅, De Klerk and the white politicians he led, tried to dodge it. As a result, De Klerk became a historical footnote₆.
「大統領在任時代(1989~1994)およびネルソン・マンデラ政権下の副大統領時代(1994~1996)において、デクラーク氏は同胞である白人の意見をまとめ、南アフリカの黒人層の声を拡大し、この国の民主主義の確立を牽引する役割を担うことができる立場にあった。ところが彼は政権の中にいる間、言を左右にし、嘘をつく行為をする方を何度も選んだ。デクラーク氏や彼に従った白人政治家たちは過去を清算することなく、それを避けるべく行動していた。それがゆえにデクラーク氏は歴史の中で付記のような存在になってしまったのだ。」
1.vice-presidentという言葉の方がよく使われますが、deputyには次席の意味に加え、大統領や社長が不在時に代行を務める「代理」意味も含まれます。
2.compatriotは「同国人、同胞」という意味。アパルトヘイト時代に南アフリカが分断されていた様子がわかります。
3.white compatriotの世界に対する存在として黒人社会を並べています。
4.equivocateは事実などを隠すためにあえて曖昧な言葉を使うというイメージです。白人と黒人それぞれの立場における意見を明確にし、それらを調整できる立場にあったのに、それをしなかった。むしろあえて避けていたデクラーク氏の姿勢を批判的に記述しています。
5.前の文と同じinsteadを並べ、権力を持つ側にいた政治家として本来行うべきこととは対照的な行動を取っていた姿を強調しています。
6.この記事のタイトルにも使われているキーワードです。南アフリカの歴史の中で最も大きな出来事の1つであるアパルトヘイトの撤廃。その移行期に政権の中枢にありながらマンデラ氏のような評価が与えられず、おまけのような存在になっていた状況を示しています。しかし、本人の死をきっかけにして再び注目が集まっていることから、その状況が一変しているのだとわかります。タイトルが過去形になっているのもその表れでしょう。
この後、Msimangさんはさらにデクラーク氏が政治家としてアパルトヘイト撤廃移行期にどのような行動を取ったのかを具体的に記述し、最後にマンデラ氏の彼に対する姿勢を示し、記事は締めくくられます。
国際ニュースなどだけではその出来事の一側面しか知ることはできないのかもしれませんね。歴史のまた違う部分を知ることができる記事でした。
今回も、最後までお読みいただきありがとうございました!